聞こえる、恋の唄
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第11章
「御園の決意」
………<1>………

郊外の田舎で購入した小さな建家。それが今の櫻井家である。

戦後、わずか三間しかないこの狭い家で、御園は、薫夫婦と同居という形で共に暮らしていた。

むろん、雅流を連れて帰る家は、ここしかない。

その夜は、六畳の居間に、綾女が用意した心づくしの手料理が並べられ、ささやかな歓迎の宴が催された。

寡婦となり、鴨居の姑と共に小さな洋服店を経営している鞠子も加わり、久しぶりに家族全員が顔を合わせることとなった。

「雅流さん……お帰りなさい」

綾女は、しばらく顔を覆ったきり動かなくなり、薫もまた、無言で涙を堪えているようであった。

鞠子は泣きむせび、御園も新たな涙で頬を濡らした。

やがて激情が収まった家族の話は、夜が更けても尽きることなく続いたが、雅流は疲れているのか、早々に別間に下がってしまった。

「私、西瓜を冷やしてまいりますわ」

綾女が外へ出ると、鞠子が初めて、難しそうな顔になって御園を見た。

「ねぇ、お母さま、雅はこれからどうなるの」

「どうって、お前」

いきなり冷水をかけられたような嫌な気分になって、御園はそっと眉をひそめる。

鞠子の杞憂は、雅流が帰国する前から、御園自身が抱いていたことでもあった。

不自由な目では、御園が期待するような職につくことは出来ないだろう。

按摩の学校にでも通わすしかないのだろうが――それは、どうも雅流の性ではないような気がする。

何しろ雅流は、まだ二十二歳を超えたばかりなのだ。

健康で、美丈夫で、溢れる若さに恵まれた青年が、職業ひとつ自由に選べない事が、御園には口惜しくて仕方がない。

「仕事のことばかりじゃないわ。生活の面でもそう。雅一人ではやっていけないわ。誰かが傍についていなきゃ」

「それは私がついていますよ」

あまりに現実的な言いように、思わず声に険が出る。

しかし、鞠子は眉を上げ、即座に切り返してきた。

「なに言ってるの。お母様だって、もう誰かの手が必要だってことが判らないの。畑仕事ひとつできないくせに、どうやって雅の世話をしていくつもり?」

「まぁ……」

言葉に窮し、御園は恨めしく鞠子を見上げた。



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