■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第10章 「昭和21年・夏」 |
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綾女さんには、本当に足を向けて眠れないほど感謝していますよ。 そう続けて、御園は再度涙ぐんだ。 「お屋敷が空襲で焼けた時もそうでした。私一人が火の中に取り残されてねぇ……もう駄目だと思ったところを助られて……後で聞くと、綾女さんが、焔の中、助けを求めて人を呼びに行ってくださったそうなのです。本当に薫はいい嫁をもらいました。私の命の恩人ですよ、綾女さんは」 「綾女、さんが……」 雅流も、感極まったように、その名を呟く。 御園は涙を拭いながら続けた。 「土地も何もかも売り払って、小さな家と畑を買ったのですよ。綾女さんは、その畑で、ナスやトマトを作られたりして……あのお嬢様が、それは、それは、たいした働きぶりなのです。お前も見たら驚くと思いますよ」 それには、雅流はわずかに笑んだだけだった。 「それから、薫は」 不肖息子の名を口にして、御園は自然に眉をしかめていた。 「仮病だと思ったら、どうやら本当に胸を病んでいたらしいのです。医者は軽いものだから、滋養をつけていれば大丈夫でしょうというのだけど。それをいいことに、相も変わらず、働きもしないでぶらぶらしていますよ。私は、綾女さんに申し訳なくてねぇ」 それまでほがらかだった雅流の表情に、わずかな陰りが浮かんだ気がした。 が、そう思えたのは一瞬で、すぐに見えない母を励ますように、雅流は静かに微笑した。 「多分、綾女さんは大丈夫ですよ。彼女は逆境になるほど強くなれる人ですから。本当に兄貴に愛想をつかしたのなら、さっさと離婚して家を出ているでしょう」 「そうねぇ、確かに綾女さんは強いわねぇ」 やはり血は争えない――四年も離れていながら、こうもずばりと綾女の本質を言い当てる雅流に、御園は内心怖いものを感じながら、あえて明るく相槌を打った。 「そうそう、それから志野のことだけど」 これだけは、雅流に聞かれる前に言ってやるつもりだった。 「戦中に一度、正式に婚約した旨の手紙が届いたのですよ。私も口惜しいから、のぞいてはいないのだけど、高岡の息子さんは無事に復員されたそうだし、幸せにやっていると思いますよ」 そうですか。 雅流はそう言ったきりだった。 再び黒眼鏡に覆われた顔からは、その刹那息子が感じたであろう感情を読み取る事はできなかった。 |
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