聞こえる、恋の唄
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第10章
「昭和21年・夏」
………<4>………

綾女さんには、本当に足を向けて眠れないほど感謝していますよ。

そう続けて、御園は再度涙ぐんだ。

「お屋敷が空襲で焼けた時もそうでした。私一人が火の中に取り残されてねぇ……もう駄目だと思ったところを助られて……後で聞くと、綾女さんが、焔の中、助けを求めて人を呼びに行ってくださったそうなのです。本当に薫はいい嫁をもらいました。私の命の恩人ですよ、綾女さんは」

「綾女、さんが……」

雅流も、感極まったように、その名を呟く。

御園は涙を拭いながら続けた。

「土地も何もかも売り払って、小さな家と畑を買ったのですよ。綾女さんは、その畑で、ナスやトマトを作られたりして……あのお嬢様が、それは、それは、たいした働きぶりなのです。お前も見たら驚くと思いますよ」

それには、雅流はわずかに笑んだだけだった。

「それから、薫は」

不肖息子の名を口にして、御園は自然に眉をしかめていた。

「仮病だと思ったら、どうやら本当に胸を病んでいたらしいのです。医者は軽いものだから、滋養をつけていれば大丈夫でしょうというのだけど。それをいいことに、相も変わらず、働きもしないでぶらぶらしていますよ。私は、綾女さんに申し訳なくてねぇ」

それまでほがらかだった雅流の表情に、わずかな陰りが浮かんだ気がした。

が、そう思えたのは一瞬で、すぐに見えない母を励ますように、雅流は静かに微笑した。

「多分、綾女さんは大丈夫ですよ。彼女は逆境になるほど強くなれる人ですから。本当に兄貴に愛想をつかしたのなら、さっさと離婚して家を出ているでしょう」

「そうねぇ、確かに綾女さんは強いわねぇ」

やはり血は争えない――四年も離れていながら、こうもずばりと綾女の本質を言い当てる雅流に、御園は内心怖いものを感じながら、あえて明るく相槌を打った。

「そうそう、それから志野のことだけど」

これだけは、雅流に聞かれる前に言ってやるつもりだった。

「戦中に一度、正式に婚約した旨の手紙が届いたのですよ。私も口惜しいから、のぞいてはいないのだけど、高岡の息子さんは無事に復員されたそうだし、幸せにやっていると思いますよ」

そうですか。

雅流はそう言ったきりだった。

再び黒眼鏡に覆われた顔からは、その刹那息子が感じたであろう感情を読み取る事はできなかった。


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