■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第一章 「櫻井伯爵家」 |
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驚いた志野は、びくりと身体を震わせる。 有無を言わさず、節くれだった大きな手が、志野から三味線を奪い取る。 志野の隣に座る櫻井家の次男、雅流だった。 「結構です、私が」 慌てて手を延ばすが、黙した横顔は取りつく島がない。 太い指は、すでに三味線の糸を引っ張っている。 「ありがとうございます……」 仕方なく志野は礼を言い、手をついて頭を下げた。 年を言えば雅流は、二十二歳の志野より四歳も若い。が、寡黙で粗野、どこかしら冷めた雰囲気を身にまとうこの男が、志野は昔から不思議と恐ろしく、苦手だった。 今日も雅流は、今風に流した髪をざんばらに額に落とし、白い開襟シャツに黒のズボンという出で立ちで、ただ一人、座の中で洋装を決め込んでいる。 家元が来てもろくに挨拶もせず、それが元で御園に叱られても、他人ごとのような冷めた目で、障子の外を見つめている――雅流の野放図な性格は、年を追うごとにひどくなるばかりである。 けれど、志野の雅流への感情は、三味線のことになると全く別のものになるのだった。 不思議だな、と、雅流の指を見る度、いつも志野は思ってしまう。 節くれだっていて男らしい指。 なのに――いったん三味線の撥を持つと、その無骨な指が信じられないほど優雅に動く。 心を溶かすような優しい音色を奏でるのだ。 雅流は器用に、そして力強く糸を巻き締めると、何事もなかったように、三味線を志野の膝に投げてくれた。 「あらあら、雅までお母様やおじいちゃまの真似事なのね」 呆れたように眉をひそめ、鞠子が露骨に嫌な顔になる。 雅流は――それが普段の彼なのだが、むっつりとした表情のまま、腕を組んで押し黙ったままだった。 |
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