聞こえる、恋の唄
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第一章
「櫻井伯爵家」
………<3>………

驚いた志野は、びくりと身体を震わせる。

有無を言わさず、節くれだった大きな手が、志野から三味線を奪い取る。

志野の隣に座る櫻井家の次男、雅流だった。

「結構です、私が」

慌てて手を延ばすが、黙した横顔は取りつく島がない。

太い指は、すでに三味線の糸を引っ張っている。

「ありがとうございます……」

仕方なく志野は礼を言い、手をついて頭を下げた。

年を言えば雅流は、二十二歳の志野より四歳も若い。が、寡黙で粗野、どこかしら冷めた雰囲気を身にまとうこの男が、志野は昔から不思議と恐ろしく、苦手だった。

今日も雅流は、今風に流した髪をざんばらに額に落とし、白い開襟シャツに黒のズボンという出で立ちで、ただ一人、座の中で洋装を決め込んでいる。

家元が来てもろくに挨拶もせず、それが元で御園に叱られても、他人ごとのような冷めた目で、障子の外を見つめている――雅流の野放図な性格は、年を追うごとにひどくなるばかりである。

けれど、志野の雅流への感情は、三味線のことになると全く別のものになるのだった。

不思議だな、と、雅流の指を見る度、いつも志野は思ってしまう。

節くれだっていて男らしい指。

なのに――いったん三味線の撥を持つと、その無骨な指が信じられないほど優雅に動く。
心を溶かすような優しい音色を奏でるのだ。

雅流は器用に、そして力強く糸を巻き締めると、何事もなかったように、三味線を志野の膝に投げてくれた。

「あらあら、雅までお母様やおじいちゃまの真似事なのね」

呆れたように眉をひそめ、鞠子が露骨に嫌な顔になる。

雅流は――それが普段の彼なのだが、むっつりとした表情のまま、腕を組んで押し黙ったままだった。



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