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まるで、肉食の獣に食べられているような気がした。
それも、恐ろしいほど魅力的な獣に。
唇を離した朋哉が、呼吸を乱したまま、凛世を見下ろす。
陰になった顔、額に触れる髪の匂い。
あれだけ不安だったのに、離れた途端、その繋がりがもう一度欲しくなる。
「私が、怖いですか」
一瞬頷きそうになった凛世は、かろうじて首を横に振った。
「……いつもと、全然違うから」
「いつもと……?」
「前の……キスと」
不思議そうな目になった朋哉が、しばらくの間を置いて柔らかく笑った。
「何がおかしいの?」
「いいえ」
背中に手を回され、抱き起こされた。
「あなたが、あまりに可愛いので」
――朋哉……。
朋哉に支えられるようにして、もう一度唇が重ねられた。
身体から力が抜けていく。別の意味で怖くなる。自分が、どこか、遠い場所に運ばれていくようで。
上体を起こした朋哉が、凛世の腰を抱いたままでベッドの上に横たえる。見下ろされ、初めて凛世は、半裸になっている自身に気づいた。
「みな……いで」
恥ずかしい。
「お綺麗です」
「そんなことない」
「本当に」
朋哉が上半身の衣服を脱ぎ捨てる。
淡いオレンジの照明が、その裸体を浮かび上がらせた。
美しい野獣。
凛世は、その滑らかに締まった肢体に見惚れた。
そして思った。
どう逆らっても、この獣に食される運命だと、まるで、甘い蜜に引き寄せられる昆虫のように。
ゆるやかに抱きしめられ、広い腕の中で位置を変えられながら、髪に、首に、胸に、脇腹に、全身に唇があてられる。
「朋哉……」
知らなかった。
人の肌って、甘くていい匂いがする。
こんな風にして男と女が愛し合うなんて、忌まわしい思い出、泣きたくなるほど惨めな初体験からは、想像もできなかった。
長いようで短い時間、どれだけ名前を呼んで、呼ばれたのか。
やがて額を押し付け合い、二人は満たされた口づけを交わした。
「約束……」
「ん?」
朋哉の優しい目に、心臓が締め付けられるほどの愛しさを感じている。
――大好き……。
「もう、絶対ね」
「え?」
潰れた瞼に指を当て、凛世は半身を起こし、その傷に口づけた。
「……私以外に、そんな顔を見せないで……」
抱きしめあって眠る、初めての夜。
朋哉の寝息と鼓動を聞きながら、夢うつつで凛世は思う。
きっと、絵本の物語も、こうやって幸せに終わるのだろう。
結末は、最初からない。
怪物とお姫さま、二人だけしか知らない秘密のラブストーリー。
息を吹き返した怪物が、美しい青年に変化を遂げる。
寄り添うお姫さまが、その身体を抱きしめる。
恋の力か、神の祝福か。
奇蹟が、異種の魂を結びつけたのか。
手を取り合う二人は、深い森の奥に消えていく。
そして、永遠に幸福に暮らすのだ。
誰も知らない、夢の世界の物語の中で―――。
怪物とお姫様(完)
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