「葬送」
 
 



 
「さぁ、どうぞ。こちらにいらして、柳さん」
 そうやって招き入れられた部屋には、喪服姿の女たちがずらりと居並んでおり、沓子は一瞬息をのんだ。
 小雨のけぶる秋の午後。都内某所の祭儀場で、株式会社ライフガーディアンズ元社長、加納元佑の葬儀がしめやかに執り行われた。
 参列者は親族友人会社関係者を含めた相当数。沓子は朝から、その準備や受付応対に追われ、座る間もないほどの忙しさだった。
 もちろん、すでに退社した沓子に、会社を通じた手伝いの要請はない。
 その前日に、加納の妻で今日の喪主である雅美から電話があり、「人手が足りないから手伝ってちょうだい」と頼まれたのだ。
 葬儀の準備や受付を受け持っていたのは、ライフガーディアンズの秘書課、つまり沓子の古巣である。当然裏方に回るつもりで赴いた沓子だったが、それが雅美夫人の指示だったのか、たちまち現場責任者のような立場に据え置かれた。
 面白くなかったのは、現役秘書たちだろう。
(すごい神経。普通こういう場で、図々しく手伝いとかする?)
(私が奥様だったら激怒するわ。さすがは柳元主任、メンタルが鉄すぎてついてけない)
(そもそも不倫する時点で、人としてどうかって話よね)
 あからさまな敵意と冷淡な視線に耐えるしかない数時間だったが、沓子はあえて、何も感じないふりで課された仕事をやり終えた。
 こういった陰口なら、現役の頃から慣れっこだったし、気に留めたこともない。
 とはいえ、加納という庇護がなくなった今、自分がライフガーディアンズでどんな立場に置かれているのか、それは否応なしに実感せざるを得なかった。
 役員たちは、何かいやなものでも見たように顔を背けるし、以前は下にも置かぬ態度で沓子に接していた加納派と呼ばれる社員たちですら、挨拶してもこそこそと逃げてしまう。
 鷹司から少しだけ事情を聞いてはいたが、現在会社では、加納の持ち株全てを相続した雅美夫人が経営や人事に口出しするようになり、それを冷泉社長や冷泉派幹部がなんとか押しとどめている状況なのだという。
 つまり雅美夫人を中心にした旧加納派が再び勢力を取り戻し、冷泉派と対立を深めている、というのである。
 ――これだから親族経営は性質が悪い……。鷹司君、これじゃ近いうちに会社に呼び戻されちゃうわね。
 なにはともあれ、なんとか辛い役目を終えた沓子だったが、それで放免されるわけではなかった。
 葬儀が終わり、火葬も終わり、ようやく帰れる――と思った時、雅美夫人に呼び止められたのである。
「お疲れ様、柳さん。少しお茶でも飲んで帰らない?」
 
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Copyright2011- Rui Ishida all rights reserved.この物語はフィクションです。