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「ハワイ行きは、いつお決めになられたんですか?」
もしかしてこの服装は挑発かしら? と思いながら沓子は訊いた。私を苛立たせて、会話を自分のペースにもっていくための。
この、見るからに思考回路が弱そうな貴公子は、実のところ相当に頭がよく、自身が組み立てた複雑な計画を、一見迂遠とも思える周りくどいやり方で、しかし完璧にやり遂げてしまうのだ。
悔しいが、対人関係的な問題をさっぴけば、冷泉のビジネスリーダーとしての素質は、加納のそれをはるかに超越しているといっていい。
そして今日、もちろん冷泉は、沓子の訪問の意図を見抜いているに違いなかった。
今から沓子は、彼の尤も痛いところを突き、彼は突かれなければならないのだ。浮かれた服装もそのための防御服だと思えば、苛立ちも多少は引いてくる。そもそも逃げも隠れもせず、沓子を素直に待っていてくれただけでよしとすべきだろう。
「もしかして今夜、うちの社長――鷹司(たかつかさ)が東京に来ると、それを聞いたからではないですか」
沓子は腹を決めて畳みかけた。
「この件で、ずっと冷泉社長が逃げ回っていることは知っています。けれど逃亡先がハワイ程度なら、鷹司は、まず追いかけていくと思いますよ」
「逃亡」
復唱して立ち上がった冷泉の表情が、微笑むような柔らかさをにじませた。
「それはいくらなんでも人聞きが悪いなぁ。だったらホテルの連絡先を、後で君に知らせるよ。君がそれを、鷹司に教えてやればいい」
「ありがとうございます。けれど、鷹司がそこに着いた途端、まさか居場所をくらますという、幼稚な企みではないでしょうね」
「ははは、どうして僕が、可愛い弟にそんな意地悪をしなければならないんだい」
「すでにしていらっしゃるからです。ここ数週間、鷹司が訪ねて行く度に、なんやかんやと理由をつけてご不在にしておられるご自覚は?」
「ない。僕もそのすれ違いには、ひどく胸を痛めていたんだ」
心底残念そうに微笑む冷泉の表情からは、一切の邪気が感じられない。いや、この天上人のような微笑みを信じてはいけないのだ。
たとえ殺人を犯してポリグラフ検査にかけられたとしても、この男の心臓なら、常時変わらぬ鼓動を優雅に奏で続けるだろう。それが、冷泉総一郎の最大の武器であり、沓子に言わせれば一番やっかいな部分なのである。
たてまえの会話を諦め、沓子は冷泉の前に立ち塞がった。
「人より何倍も勘のいいあなたが、気づかないふりを続けるのは、それだけで罪です。とっくにご存じでしょうが、脩二君はあなたに直接会って、結婚の許可を得ようとしているんですよ」
「ああ、失礼」
抜群のタイミングで卓上のスマートフォンが振動する。沓子は内心舌打ちした。これでは、まるで天までもが、この天衣無縫な男に味方しているようではないか。
「やぁ、君かい? うん、そうだね。ハレクラニのスイートを予約しているから、身ひとつで構わないよ。水着? 君のスタイルだと何を着ても似合うさ。ああ、ずっと2人きりだ」
おいおいおいおい……。
一体なんのビジネスだよ。だいたいこの会社は、1年ちょっと前まで業績不審にあえいでいて、それを懸命の努力で立て直したばかりでは?
「夜は、きっと時差ボケで眠いだろうね。もちろん、昼間から2人で部屋にこもっていても構わないよ。僕はどちらかといえば、太陽が苦手なんだ。それに女性の肌は、明るい陽射しの下の方がうつくしい」
あまりにあからさまな閨房トークに、沓子は頬を少しだけ染めて咳払いをした。
見た目は草食系男子の典型のような冷泉だが、その実獰猛な肉食獣だということは、ライフガーディアンズの社員なら、知らない者はいないほどの有名な話だ。
一言でいえば、節操がないのだ。簡単に手を出し、そして出される。来るものは拒まず、そして彼が行けば拒む女性はいない――のだろう。
(ああ見えて、セックスはかなり男らしくて情熱的よ? 普段が王子様キャラだから、そのギャップにやられちゃうっていうか)
社外に夫がいながら冷泉と不倫関係を楽しんでいた昔の同僚の言葉を思いだし、沓子はますます居心地悪く咳払いをした。
「すまないね。それで、なんの話だったかな?」
「社長は私に、大きな借りがあると思いますが」
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