「怪物とお姫様」
中編
恋愛・現代
 時々、気のせいかもしれないけど――。
 片方しかない朋哉の目に、暗い情熱を感じる時がある。
 何か、もの言いたいような、何かを伝えたいような。
 でもそれはいつも、凛世が手を伸ばした途端、ふっと何事もなかったように消えてしまう。
「おやすみなさいませ」
 口元に影のある微笑を浮かべ、朋哉は丁寧に頭を下げた。
「本のことは、ご自由になさいませ、あれはもう、凛世様のものでございます」
 それはすでに、取り付くしまさえない、忠実な執事の声だった。

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「聞こえる、恋の唄」
中編
恋愛・昭和初期
「志野」
 雅流が囁いた。
 志野――もう一度、囁いた。
 どうして、名前を呼んでくれるんだろう。そんなに愛しげに、大切そうに呼ばれたら、どんな鈍い女でも錯覚するに違いない。
「志野……」
「お許しくださいませ」
 志野は、男の腕を振りほどくようにして面を伏せた。
 誰だって錯覚する、誤解する。
 誰だって――恋に落ちてしまうだろう。

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「冬の人魚姫」
中編
現代・社会人
 私、自分で服を脱いでもいいのかな、この人に脱がされるのを待たないといけないのかな。
 御守は何も言わない。ネクタイを外す指。関節は無骨なのに、バランスの取れた長さが意外なほど綺麗に見える。
「来い」
 ようやくこちらを向いてくれた男の手が、ゆっくりと伸ばされる。その手には、外したばかりのネクタイが絡んでいる。
 有紀は、棒のように立ちすくんだまま、指に絡まるネクタイだけを見続けていた。動けなかった。
 
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「12月の紅い林檎」
短編
現代・恋愛
 いや。美紅は必死で陸の身体にしがみつく。いや、死にたくない。こんなところで死にたくない。
 気がつくと、荒い息を吐く陸の顔が目の前にあった。
 どうやって止まったのだろう。折り重なった身体、片手で美紅を抱えたまま、陸のもう片方の手にはピッケル。それが、雪面深く差し込まれている。
「大丈夫か!」
――陸……
 サングラスがなくなった目が、焦燥をたたえて見下ろしている。
 美紅は震えながら、再度その身体にしがみつき、陸もまた両腕を回して抱きしめてくれた。
                    
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イラスト にしゆきさま

「白鳥の王子」
短編
中世恋愛ファンタジー
「お兄様……」
 か細い声を聞きとがめ、兄の笑顔がわずかに曇る。
「……どうした、リージア。ひどく悲しそうな顔をして」
 優しい声、きれいな眼差しと穏やかな笑顔。
 妹は――苦しい切なさを秘めて、近寄ってくる兄を見上げる。
 六つ年上の兄、フィエルテ。
 絹のような黒髪に、深海の瞳を持つ男。
 月の娘リージア姫と、太陽の息子フェエルテ王子。
 このダイノアス国で誰からも愛される二人の兄妹は、手の平を合わせて、見つめあう。              
         
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「戻れない夜の向こう」
恋愛 R15

 こんなセリフ――高校三年生の姉に言える弟がいるのだろうか。
「それ解いたらさっさと出てってよ。あんたと違って私は忙しいんだから」
「俺が解けても意味ないじゃん、姉貴に理解させないと」
 ……こいつ……。
 生意気な言い草に、本気で殴ってやろうかと思ったが、そこは大人の貫録でぐっと堪えた。そう、いくら血は繋がっていないとはいえ、相手は二つ年下の弟である。なんだかんだいって、日名子が守ってやらなければいけない子供だ。――
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